丹波山村の自然と中川金治物語

丹波山村は97パーセントを森林に囲まれた自然の豊かな村です。しかし130年前にこの森が危機にさらされていたことはあまり知られていません。この森を村人と一緒になってよみがえらせた人が中川金治さんです。村人から「山のおじい」と呼ばれていました。

幻の東京都丹波山村

130年前に多摩川の水が原因でさまざまな伝染病がおこりました。東京府が丹波山村などの源流域を調査すると多くの森林が伐採されていたことがわかります。丹波山村に合併してくれるよう東京はお願いします。不調に終わりますが、もしかすれば丹波山村は東京から一番はなれた東京で一番村になっていたかもしれません。

東京府の林業官吏として

東京市は丹波山村の森の7割を東京府民の飲料水を守るための涵養林として管理させてもらうことを申し入れ丹波山村も受け入れます。東京府から林業官吏として派遣されたのが中川金治さん。東大農学部の前身である農科大学に勤めていた中川金治さんです。村民と一緒になって30年にわたり木を植え育ててきました。

サオラ峠の中川神社

暮らしのための木を村に払い下げるというのが東京市と交わした条件だったのですが約束は果たされず村人たちは反発します。村人を助けたのが中川金治で助言をうけた東京府は東京市に勧告をだしました。1935年(昭和10年)に村を離れることになった中川さんですが、村人は感謝の気持ちを永代忘れないようにと飛龍山中腹のサオラ峠に祠をつくり中川神社と呼びます。

村人たちは親から子へと語り継ぎ80年以上たった今も神社を守り続けています。